Month: 5月 2020

写真に割り込む

私は手を挙げました。牧師がイエスの生涯に関する難しい質問をしましたが、その話を読んだばかりだったので、答えられると思ったのです。私も聖書を教える身ですから、きちんと分かっているし、それを皆に伝えたい気持ちもありました。しかし、もし間違えていたら恥をかくと思うと手が下がっていきました。何という自意識でしょう。

オープン・アーム

サイディ家のモットーは「オープン・アーム、オープン・ホーム」です。家を訪ねて来る人、特に困って来る人は大歓迎だと語ります。リベリアの実家もそうだったと言います。家庭を開き、人をもてなす両親のもとで、9人の兄弟姉妹とともに育てられました。「私たちは共同体でした。互いに愛し合い、互いに面倒を見合うことは自分の責任だと考えていました。父は愛し合い、支え合い、護り合うことを私たちに教えてくれました」と語ります。

幼子から学ぶ

ケニアの首都ナイロビのスラム街に車で入り、貧困を目の当たりにすると、何とも言えない気持ちでした。しかし、幼い子どもたちが「先生!先生!」と叫びながら駆けて来るのを見て、清々しさを感じました。子どもたちは私の車に同乗していた牧師に会うのが嬉しくてたまらないようで、心を砕いて世話を惜しまない彼らの霊的なリーダーを、可愛い声で暖かく迎えたのでした。

いつまでも愛する

息子が4歳の時、金属の板に固定した木製のハートを額に入れてプレゼントしてくれました。真ん中に「いつまでも」と書かれています。彼が「ママ、いつまでも愛してるよ」と言うと、私は息子を抱きしめて「ママはもっと愛しているわ」と感謝を伝えました。

疑念と信仰

ミン・テクはひどい頭痛で目覚め、また偏頭痛かと思い、起き上がろうとして、気絶しました。気がつくと病院で、脳梗塞だと告げられました。4ヶ月のリハビリの後、思考や言語の機能は回復しましたが、未だ真っ直ぐに歩けず、時々、絶望感に襲われます。しかし、ヨブ記に慰められていると語ります。

失語症の人

べリーズの老人ホームを慰問した高校生たちの賛美を車いすの男性が嬉しそうに聴いていました。歌い終えてその人と話そうとすると、脳梗塞の後遺症で会話ができないと分かりました。おしゃべりができないならもっと歌ってあげようと歌い出すと、驚くことが起こりました。失語症の男性が、歌い始めたのです。呂律が回らないながらも元気よく、生徒たちと一緒に「輝く日を仰ぐとき」を歌いました。

とりなしの祈り

ある土曜日、遅い昼食を取るために家族でレストランに入りました。夫は、ウエイターが分厚いハンバーガーとパリッと揚がったフライドポテトを持って来ると、彼に名前を尋ねて「食前の祈りをするけれど、君のために何か祈れますか」と尋ねました。アレンという名のウエイターは、戸惑い気味でしたが、短い沈黙の後、友人宅に居候してソファーで寝ていることや車が故障して、貯金も無いことを打ち明けました。

ありえない赦し

ナチスが5万人以上の女性を殺したラーフェンスブリュック強制収容所が解放されたとき、遺体に混じって祈りが記されたしわくちゃの紙が見つかりました。「主よ、善人だけではなく、悪人をも忘れないでください。しかし、彼らが与えた苦しみではなく、その苦しみの中で育てられた私たちの同志愛、忠誠心、謙遜、勇気、自己犠牲、心の偉大さという果実を覚えてください。さばきのときには、私たちが結んだ実のゆえに、彼らを赦してください。」この女性は想像を絶する恐怖や苦痛を味わったはずなのに、何という寛大さでしょう。虐待した人のために神の赦しを求めるなど考えられません。

旅する力

ある夏、短い期間に大量の原稿を書くという困難な仕事を引き受けました。来る日も来る日も、ひとりで原稿用紙に向かっていると疲れ切ってしまい、やる気が失せて投げ出したくなりました。そんな時、賢い友人が「ひと息入れて、ごちそうでも食べましょう」と言いました。